| 平成21年度ひょうごの農とくらしコンクールにおいて、最優秀賞の知事賞を受賞した原稿です。 | |
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●所属する団体 「七つぶの種」
●活動内容の要約 「人間が生きるためには第一次産業が大事である。いくらお金があっても、食うもんがなけりゃ生きてはいけない。一次産業は人間の命を支えている。まあみてなさい、最後に笑うのは百姓だから…。そして、人間というもの心の底から笑うときは、"うふふ"でも"おほほ"でもない、まさしく"わはは"なんだ」 これが我が「わはは牧場」の名前の由来です。 農業は自営業。自分が自由に時間を使い、好きなようにやれる。…という夫の思いに共感して、楽しみながら循環型の有機農業を実践しています。
●経営の内容 ・但馬牛、繁殖和牛経営(母牛20頭) ・アイガモ農法による米作り(50a) ・アイガモ処理場経営(8月〜12月:今年度処理予定羽数、約4,800羽) ・豚肥育(11月〜7月の間に7頭) ・食肉販売業、食肉製品製造業「があぶう」の経営 我が家で育った豚にこだわった「手作りベーコン」や精肉の販売(1月〜7月) ・小麦、芋、菜種、牧草など、自家用及び飼料用に栽培・自給用に鶏、草刈用に山羊を飼っている。 ・自然と動物に恵まれた環境を利用して、子供達に動物とふれあえる体験の提供もしている。 夫婦で補い合い、相談しながら全ての経営を行っています。
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上映したスライド(抜粋)です。枚数とスペースの関係で、読みにくくなっちゃいました。
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●活動に取り組んだ動機 |
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まず、「わはは牧場」の名前の由来から説明させて頂きます。 どうして「わはは」なのかといいますと、夫が就農したばかりの頃、恩師である 小松光一先生に、こんな話をして頂いたそうです。
「人間が生きていく為には 第一次産業が大事である。いくらお金があっても、食うもんが無ければ、生きてゆけない。一次産業は人間の命を支えている。まあみていなさい、最後に笑うのは百姓だから…。
この話を聞いて夫は「わはは牧場」と名付け、自信を持って農業をやれるようになったそうです。 夫はいつもこう言っています。 「農業は自由業。自分が自由に時間を使い、好きなようにやれる。まさに究極の自営業だ!」と。 …そんな夫の思いに共感して、私も循環型の有機農業を楽しんでやっています。
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私は子供の頃、田舎の暮らしが嫌いでした。 都会の暮らしへの憧れと、イラストを描くのが好きだった事もあって、約8年間大阪で文房やレターセットなどのデザインの仕事をしておりました。 しかし、日々新しいデザインが求められ流行を追うことの大変さと、 毎日終電まで事務所にこもり仕事をする暮らしに疑問を感じ、
「いつしか田舎に帰って、自然の中で有機農業をやり、太陽の日差しをあび ながら健康的な暮らしがしてみたい。自分の作品を作り、自由にのん びり暮らしたい。」
そう思うようになりました。 田舎に帰り、但馬牛の繁殖経営とアイガモ農法に取り組んでいる主人 と出会い結婚しました。3人の子供にめぐまれ、子育てをしながら牛 舎の仕事を手伝いました。
それと平行して、結婚前からのJR情報誌の表 紙に使う人形の製作や、養父市広報誌にマンガを連載する仕事などを こなし、私の理想どおりの日々を過ごしておりました。
ところが、平成15年のクリスマス前のある日、アイガモ処理場を 経営していた義父が突然倒れ、そのまま帰らぬ人となりました。
『農薬で水を汚したくない』そ んな思いでアイガモ農法を始め、アイガモ専用の処理場が無くて困っ た義父が『皆さんのお役に立てれば…』
と始めた処理場をこのまま閉 めてしまうわけにはいかない。
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| ●活動の内容 | |
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但馬牛繁殖経営と堆肥の利用
我が家では母牛を20頭飼っており、子牛を産ませて市場でセリにか け販売しております。 牛舎は主人の手作りで、設計前に各地の牛舎を 見て回り、牛にかかる時間と労力が少しでも軽減できるように考えて 作ったので、牛舎での仕事はとてもスムーズですし、力のない私にも 作業が出来るような仕組みになっています。
「牛にかける時間を減ら して、好きな事や楽しい事をする。」
我が家の経営の柱であるこの部 門の省力化は、次なる楽しい仕事を生み出しています。
毎日出る牛のウンチは、ホイルローダーですくって堆肥舎へ。 ねか して出来た堆肥は、マニュアスプレッダ−で畑へ散布します。 そして、 その畑では 「小麦」「ジャガイモ」「かぼちゃ」「菜種」あるいは「は と麦」「牧草」など、 自家用及び飼料用に作物を作ります。 もちろん 肥料はこの堆肥のみです。農薬や化学肥料などは使わずに作っていま す。
出来た小麦は「小麦粉」に、屑やふすまは豚の餌に。 茎や葉は細 かく切って乾燥した後、ロールべーラーで丸めて牛の飼料になりま す。
このように、我が家に有るものを循環させて作物を作り、家畜を飼 うシステムをとても気に入っています。 |
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アイガモ農法とアイガモ処理場
義父が定年退職して始めたのが無農薬の米作りでした。無農薬栽培 にもいろんな方法がありますが、アイガモ農法が一番自然の理にかな った農法だと考え、平成9年より実践しており、今は私達夫婦が受け 継いでおります。 アイガモは家畜ですから、最後には肉にして食べなければなりませ ん。しかし、義父はその処理に大変困ったそうです。鶏の処理場にお 願いしても断られ続けました。というのも、水鳥であるアイガモは羽 や毛が抜けにくいのです。 どこに聞いても、処理してもらえる場所が 無いので、結局『無いなら自分でやろう。』と、アイガモ専用の解体 処理場である『わはは牧場アイガモ処理場』を作ったのです。
平成15年の年末に義父が急に亡くなり、私達は義父の意志を継い で「アイガモ処理場」を引き継ぐ事に決めました。 そして、平成16年1月のある日、「アイガモ処理場を引き継ぐな ら、食鳥処理衛生管理者の資格が要るから、講習がいつあるのか電話
で聞いてみて…」 私がメモの番号に電話をかけてみる と、 すると、 こうして無事に「食鳥処理衛生管理者」の資格 を手に入れる事が出来ました。 その年の8月10日が記念すべきアイガモ処理の始まりです。 そのうち に、午前中の作業である、鳥を絞め、放血し、羽をむしり、ワックス で仕上げる仕事の方も手伝う様になりました。 生きたアイガモの命を 頂き、まさに血みどろ、羽だらけの凄まじい現場です。 「怖い」「嫌だ」「…でも、仕事だから」「お客様の為に…」様々な 気持ちが頭の中を渦巻いていました。来る日も来る日も、お客様のカ
モの処理をして、12月まで続きました。 アイガモ処理の仕事は8月から12月の間だけの季節労働です。シー ズンが終わり次のシーズンまでの間、私達は施設の見直し、問題点の
改善に時間を使いました。 それを期に、息子の同級生のお母さん が処理場を手伝ってくれる事になりました。作業の分担も見直し、主 人が「丸とたい」を部位に分け、私とバイトさんが骨を抜き、終わり しだい毛抜きに回るというやり方にしました。 平成19年3月には、私も食鳥処理衛生管理者の資格を取得しました。大阪での3日間の講習会でした。3日間も家を留守にする事を許 してくれた家族に感謝しています。 毎年一人ずつバイトさんが増えていき、今では4人のバイトさんと 私達夫婦の合わせて6人で仕事をこなすようになりました。そのお陰
で一日の平均処理羽数は80羽近くなり、秋の農繁期には主人が田ん ぼや畑での仕事にかかれる余裕もうまれ助かっています。 お陰さまで、今では全国のアイガモ農法の農家さんに認知頂ける様 まになりした。アイガモ専門の処理場は特殊なので、東は千葉や静岡 より、西は岡山、鳥取、広島。四国の香川や愛媛など遠方からの持込 みが増えております。 「アイガモを処理してくれる所が無くて困って いたんです。」 皆さん年々飼育羽数も増や される傾向にあり、世代交代などもあるのでしょうが、若い専業農家 の方が増えて来ているような気がします。同じアイガモ農法をする者 として本当に嬉しい事です。 自然の仕組みを上手く利用するこの農法が益々世の中に普及し、安 心で安全な、環境に優しいこの農法が広く認知されるように力を添え たいと思います。
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| 豚の肥育と食肉販売業及び、食肉製品製造業「があぶう」
結婚して子供を出産するようになると食べ物の事がとても気にな ようになりました。 世の中には食品添加物にまみれた食べ物が溢れて いて、加工品の殆んどに発がん性も疑われるソルビン酸などの食品添 加物が入っています。
作ってみる と手間はかかるものの、美味しいものが出来るので、素材にこだわり、 定期的に近くの養豚農家から肉を分けてもらい作っていました。 とこ ろがその農家さんが廃業される事になり、安心できる肉を求めた私達 は「豚を飼う事」を実行しました。牛を飼っている私達には意外と簡 単な決断でした。
平成20年3月養父市場での最後の豚市で2頭の豚を購入しました。 その年、私の所属している養父市の若手女性農業者のグループ「七 つぶの種」に養父市「農業後継者育成対策協議会」の助成金の打診が あり、早速その助成金を活用して7月に「豚枝肉解体見学と試食会」 という勉強会を行いました。 この勉強会では豚肉の専門の講師先生に 我が家の加工施設に来て頂き、実際に我が家の豚の枝肉解体を詳しく 実演して頂きました。豚の枝肉解体技術の無かった私たちにとっては 大変な勉強になり、「七つぶの種」のメンバーにとってもなかなか見 学する事の出来ない貴重な体験だったと好評を頂きました。 我が家では、このような勉強会や、何年にも及ぶ試作研究と、加工 施設の建設などを経て、平成21年3月に念願の「食肉製品製造業」 の許可を頂く事が出来ました。 看板や商品のロゴやイラストは、もち ろん自分達でデザインしました。
また、ここで作る商品の屋号は「があぶう」にしました。 この手作りの加工施設では、我が家の「鴨肉と豚肉」だけしか原料にしません。ですので、 「カモのがあ」 「豚のぶう」 という泣き声と、 大人から子供まで、安心して 「がぁぶっ」「がぁぶう」と食べて頂きたいという、気持ちを込めて名付けました。 そして、ゴールデンウイークより「道 の駅ようか・但馬蔵」にて「手作りベーコン」の販売を致しましたと ころ、新聞に取り上げていただいた事や、食品添加物を全く使わない、 こだわりのベーコンという事も評価され、上々の売り上げとなりまし た。 今後は、食肉製品製造業の許可を生かして、我が家の豚や鴨肉を原 料とした食肉加工品の研究開発とピーアールに力を注ぎ、商品のレパ ートリーを増やしていきたいと思います。
我が家のスタイル
我が家には大きな仕事の流れが三つあります。
そこに「アイガモ農法 による稲作(50a)と鴨肉の販売」など絡めながら一年間を上手く 循環させています。 農家は昔「百姓」と呼ばれ、百の仕事をこなしたと教えられました。 つまり、自給自足の暮らしを実現するには何でもやらねばならなかっ
たのです。 私達夫婦は欲張りで、何で も自分でやってみたいのです。我が家に有るものを上手く組み合わ せ、循環させながら「安心・安全」な循環型農業を実践し、動物や虫 や微生物の力、そして便利な機械の力を借りながら、まずは「家族が 健康で伸び伸びと、幸せを実感したい」と思っています。 そして、「田 舎にはこんな暮らしもあるよ。」とライフスタイルの提案をしてみた いと思っています。 私達夫婦は二人とも、農業に出会う前に会社に所属し、歯車のよう に朝から晩まで働きづめの日々を過ごした経験があります。そんな中 で、人間が人間らしく生きるために何が必要なのかを直感し、今に至 っているのです。 今日本は食糧自給率が38%ととても低く、この先の日本の食糧事 情を思うと心配になってしまいます。都会でも田舎でも、歯車の様に 会社にこき使われ、もしくはこの不景気の中でリストラされて、路頭 に迷っている方がいらっしゃるなら、どうか、土を耕し農業を始めて みて欲しいと思います。 これから先、食料を生産する第一次産業は強 いです。そして、全ての人に「自分の食べる食料のうちのほんの少し」 でも、自分の手で作ってみて欲しいです。土にふれる暮らしを是非体 験してみて欲しいと思います。 |
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七つぶの種の取り組み
平成20年3月養父市内の女性農業者7名で、多くの人に食と農のつ ながりをわかりやすく伝えていきたいと活動をはじめました。 メンバーの年齢は20歳〜40歳代、全員1歳から中学生の子供をもつ 母親ですので、市内の子供たちに伝えたいと、建屋小学校の児童を対 象に会員のほ場で草引きや野菜の収穫、野菜料理づくりと試食会など 五感で学べる場を提供しました。 今年度は、「学びの農」インストラクター養成講習会を受講し、子 供たちへの指導方法をしっかりと学びました。 また、「学びの農」実 践活動促進事業を取り入れ、いちごやリンゴ、高原野菜の収穫体験、 を使った調理実習、パンづくり体験を行いました。 今年度は2年目に なります。建屋小学校との連携が深まり、計画段階から学校教育の一 環として考えて頂くことができました。 |
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6)今後の取り組み
私達は、自分で飼っていた生き物が肉になる瞬間を日々感じ、見て います。 アイガモであったり、豚であったり、子牛を産まなくなった母牛も肉屋に販売し肉になります。 牛市に出荷する可愛い子牛も2〜 3年の後には肉になる運命です。 そうです、私達は家畜を生産し、食 肉に変えて販売しているのです。 こういう仕事をしている私達だから こそ伝えられる事が有るということを、アイガモの処理業をするよう になってから、強く思います。
現在、日本は沢山の食糧を輸入しながら、年間に二千万トンの食糧 を食べずに廃棄しているんだそうです。 そんな新聞記事を読んで、犠牲になった家畜のことを思うと悲しく なります。 こんな事が平気で出来るのは、食料が生産される現場と消 費者が切り離されているせいだという事も分かってきました。 普段私 達が食べている豚肉が、私たちの目の前でのんびり寝そべっている豚 と結び付かない子供がいるのです。
将来的には、自然と動物に恵まれた環境を利用して、子供達に動物 とふれあえる体験の提供や、近年離れてしまった「食べること」と 「農業」を結びつける体験を提供し、 「人間は生き物の『命』を頂い て命をつないでいます。だからこそ、食べ物は粗末にしてはいけない んだ。」 という事の学習体験のお手伝いが出来れば良いなと思ってい ます。
具体的な目標としては、食肉加工品及び精肉、我が家の農産物を販 売する為の「店舗」を作りたいと思います。 そしてそこは、動物にふ れあったり、農業、自然、命のつながりを体験する為の「拠点」とな るようなスペースになります。
私達の『わはは牧場』を「食」と「農」 を結びつける場としての『体験型牧場』に発展させて行きたいと思っ ています。 我が家で取れた「小麦粉」を使って『手作りピザ体験』や『うどん 打ち体験』をして頂きながら、牧場見学、農地散策、あるいは収穫体 験をして頂くようなプログラムや、実際に生きたトリの命を頂き肉に して食べるという『命の授業』などを提供して行きたいと思っていま す。 そして、過疎の町である「養父市大屋町」に食と農にまつわる観光 の場をつくり、地域の活性化に貢献出来ればと思っています。
また、就農6年目を迎える来年は、簿記記帳に取り組む計画があり ます。これまでは夫が記帳、申告を受け持っていましたが、新年から は、水稲、野菜、畜産、加工の部門毎の決算、収益率等の経営分析を していきたいと思います。
私も農業経営者のパートナーとして積極的に生産、販売、経営など あらゆる知識を習得したいと思います。 そして、家族経営協定を結び夫の認定農業者の再認定申請時には、 共同申請したいと思っています。 「私」も食と農と環境、さらには地域を守る大きな理念をもった農 業経営者であることを地域、社会に認めてもらうことが今後は重要だ と思います。
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| 最後に、私がこのように自分の望む楽しい暮らしが出来るのも、私を支え協力を惜しまない夫と子供達、そして家族のお陰です。心より感謝しています。 |
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